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※
「それで? 金貨と引き換えにその兎をここに置いておくことにしたんだね」
夕方、テーブルの食事を口にしながら、ナイトメアはゾフィールの話を聞いていた。テーブルには焼き立てのパンと豆のスープ、山羊肉をこんがり焼いたもの、干し葡萄、イチジクたっぷりのパイが並んでいる。どれもゾフィールに頼まれ、ナイトメアが用意したものだ。
「うん。兎は少女とまた会いたいと願っていたけど、あの子はすでに亡くなっていたからね。時が来るまで保護してあげないと」
「少女を生き返らせることはできなかったの?」
「兎はそれを望んでいなかったから」
「望んでいたら叶えていたの?」
ナイトメアは店主を注意深く見つめた。ゾフィールは焼き立てのパンに手を伸ばした。パリパリの皮をちぎると柔らかな中身が伸びて、気分良さげに頬を緩ませている。答えるつもりはないらしい。
「……ところで、なんで兎の願い事がわかったの? その辺りの説明は聞いていないよ」
ナイトメアは山羊肉をフォークでつつく。塩気の多いものを好むディオール国民とはあまり気が合わない。口直しの果物を買ってくればよかったと後悔した。ゾフィールはパンにスープをつけたものを口にしながら訊ねた。
「ナイトメアは見てなかったの?」
「僕も暇じゃないからね。ここに客が来たときは別のことをしてるよ。だからきみが兎の願いを叶えたことが不思議でね」
ゾフィールは懐から手のひらより一回り大きな手鏡を取り出した。裏には目の模様が描かれている。
「夢を見させてもらったんだ。これは夢鏡という、比較的穏やかな魔法道具でね。その手鏡を寝ている生き物にかざせば、相手の夢を見られる。あの兎は幸運なことに、少女と過ごす夢を見ていたんだ」
「でもそれだけだと少女が死んだなんてわからないんじゃないの?」
「そうだね。でもしばらく見ていたら兎の夢に胸に矢が刺さった少女が見えた。取引したときは確信してなかったけどね」
赤毛の男はパンを皿に置いた。
「ナイトメアが買い物をしてくれている間にリアの森にいる妖精から話を聞いたよ。少女は死んでいた。でもね、あの場でわからなくてもよかったんだ。私はただ、あの兎の姿を変えることが最適な方法だと思っただけ。ほら、もしもあの兎が少女に恋をしていたとして、人間の姿になりたかったら、それでも変化薬は必要だったろう?」
「もしも違う願いだったら……」
「私は適当に取り繕って、別のものを差し出したよ。だって兎があの姿に満足していたら、変化薬の効果は現れないからね。あの薬は、服用者に容姿を変えたいという願望がなければ意味がないんだ」
ナイトメアはカウンターの後ろに置かれていた兎のぬいぐるみを思い浮かべる。あの兎を求める者がいつ現れるかなど、ゾフィールにも予想はつかないだろう。だが叶うとしたら、きっと彼が死んだあとの世界なのだろう。
「すべてを失っても大切な人が探しに来てくれると信じられる純粋さと一途な信頼には感服したよ」
ゾフィールは微笑みながらスープを口にした。
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