初代翡翠屋

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 星歴一〇〇八年。のちにラヴィ―カルド王国となる一大陸、ディオールには多くの魔法使いが人間や妖精たちと共存していた。  そこで生まれた魔法使いゾフィール・ウィッドが、魔法関連の古物を売買・貸借する〈翡翠屋〉を始めたのには、一人の少年が関わっている。  ゾフィールが好むのは二つ。静寂と、自分だけの空間。雑踏にまみれた街は苦手だった。だから小国ディオールの東にあるリアの森で、彼は朽ち果ててた小屋に住んでいた。  二十八歳の時、ゾフィールは誰も来ない小屋で、古き神の召喚方法を記した魔導書を読んでいた。魔導書と言っても、彼が読んでいるのは本の形をしていない。束になった羊皮紙の上に魔法陣や計算、必要な道具を隙間という隙間に書きなぐった、常人には解読不可能な代物だった。  しかしゾフィールには読めているのか、翡翠色の瞳は羊皮紙の文字をなぞるように動いている。 (これも本物だ。父さんたち、本当に見つけるのが上手いな)  ゾフィールは感心しながらページを捲る。  彼の両親は一年前に死去した。そのため彼らが狂ったように収集していた曰くつきの魔法道具や、読むと狂信者になれる危険な魔導書など、数多くの品々はゾフィールのものになった。  だがページを捲りながら、ゾフィールは「何故両親はこんなものに執着したのか」と考える。偽物を掴まされることはなかったにせよ、本物だからこそ家は大赤字。彼らはたとえ持ち主が価値がないと判断しても、正当な値段での交渉を進めたのだ。  さらに厄介なのが一つ。どこで情報が漏れたのかは不明だが、禁書や呪いのアイテムを回収をしようと、両親の死後すぐに騎士団が自宅に乗り込もうとしてきた。そのためゾフィールは両親の葬儀を行うこともできないまま夜逃げをしなければならなくなった。  いくつかは自宅に置いてきてしまったが、それでも本当に危険なものや持ち出せる小さな品は魔法の鞄に詰めて持ち出した。そうしなければ両親が人生をかけていた道具たちはゾフィールの手からも離れ、今頃闇取引にでも売られていた。それほどまでにこれらの道具は貴重であり、本物だった。
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