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新宮漁港のフェリー乗り場で早くも発見した黒猫、フェリーをバックに笑う麗奈、船着き場でお出迎えの猫、民家の前で寝そべっている猫、お昼に食べたおさかなバーガー、道の真ん中を我が物顔で歩く猫、国指定史跡・相島積石塚群、鼻栗瀬(通称めがね岩)を望む長井浜、リアカーの上で寝ている猫、リアカーの下でも寝ている猫、花壇のふちに座っている猫、お土産屋さんの前でドアが開くのを待っている猫、フェリー待合室のベンチを占領している猫の頭を撫でている麗奈。
相島は言わずと知れた猫の島である。哲哉も麗奈も猫好きで、お盆休みを使ってはるばる福岡の猫島、相島を訪ねた。ちなみに去年の夏は宮城の猫島、田代島を巡った。
「見て。動画も撮ってた」
哲哉が再生したのは、ベンチに鎮座している猫に、一歳くらいの子どもがおぼつかない足取りでとてとてと近づいていく動画だ。物珍しそうに首をかしげて猫を見つめていたかと思うと、突然ぺしんと叩く。眠りを邪魔された猫はクワっと目を開くと、猫パンチで反撃! ……しようとしてベンチから転げ落ちた。きゃっきゃとはしゃぐ子どもと、きまりが悪そうに立ち去る猫。
「うん、かわいかったね。……あ、この仔!」
動画が終わってスマホ画面をめくった麗奈が指を止めた。島を一回りした後、戻ってきた港の近くで出会った仔猫である。麗奈はうっとりと目をすがめ、
「懐っこかったねぇ」
車の陰でぴょこぴょこしているのがいると思ったら、両手にすっぽり収まりそうな仔猫だった。相島の猫はみんなそうだが、近づこうがそばでしゃがもうが撫でようが全く逃げない。むしろ猫の方から人間に向かってくる始末だ。仔猫もすでに相島スピリットに染まっていたらしく、にゃーにゃー鳴きながら二人の周りをくるくる歩いた。しゃがんで頭を撫でてやると、哲哉のジーパンに爪を立てて膝によじ登ろうとしてきた。
にゃー。まんまるの青い目がこちらを見上げる。
ぐはっ、と撃ち抜かれた。帰りのフェリーが来るまでの残り三十分を、この仔一匹とじゃれ合って使ったのは当然の帰結だろう。
「あーあ、猫飼いたいなぁ」
と、天井を仰いで口を尖らせたのは麗奈である。哲哉も麗奈も、住んでいるのはペット不可物件だ。
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