君と一緒に猫を飼いたい

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 そうだな、と哲哉は応じ、 「結婚したら猫飼いたいな」  口からするりと流れた結婚というキーワード。麗奈と付き合って三年。お互いにちゃんと口に出したことはなかったが、少なくとも哲哉は徐々に結婚を意識してきていた。同い年の二十六歳。仕事もこなれてきたし、お金もまあまあ貯まった。時期としては悪くないはずだ。ペット可物件を探して、猫を飼って、子どもも二人くらい。一姫二太郎が理想だ。想像は膨らむ。 「あのね」 「ん?」  麗奈はうつむいている。スマホを覗いて触れ合っていた肩はいつの間にか離れていた。  急に気温が下がったような気がした。 「ずっと考えてたの。早く言わなきゃ言わなきゃって思ってた」  直感が警告を発した。  やめろ。その先を言うな――。 「私たち、別れよう?」  ごめん、と麗奈は裏返った声でかろうじて続けたかと思うと、爆発するように泣き崩れた。絶句する哲哉の手の中で、仔猫を映したままだったスマホ画面が真っ黒に消えた。 *  哲哉は大学院修士課程へ進学するにあたって外部受験をした。理由は単純で、いわゆる学歴ロンダリングである。旧帝大の院の方が就職に有利かなと思った程度で、特別やりたいことがあったかというと答えに窮する。  麗奈は進学先の研究室の内部進学生で、学部生時代に論文投稿経験のある優秀な女性だった。  哲哉に与えられた研究テーマが麗奈と似ていたこともあって一緒に実験することが多く、すぐに打ち解けた。  やがて二人は付き合うようになった。告白は哲哉からだった。好きだ、付き合って欲しいとド直球で告げると、麗奈はわかりやすく慄いた。後で知ったのだが麗奈は彼氏いない歴=年齢で、それが麗奈を慎重にさせたのかもしれない。押し切ったのは、ひとえに自分の熱意が通じたからだろうと自負している。  麗奈は実験が深夜に及んだ日に決まって哲哉の部屋を訪ねた。哲哉のアパートは大学のすぐ近くだったので、態のいい宿替わりである。いつの間にか私物も増えている。食料をため込んで秘密基地を作るハムスターみたいだ。  一緒に過ごす時間を積み重ねるにつれ、友達期間とは違う麗奈の姿も見えてきて、本当に相性が合うのかとか、今後やっていけそうかとか、そんなことが見通せるようになってきた。
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