君と一緒に猫を飼いたい

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 三年間で初めて哲哉は一人床で寝た。客用の布団など持っていなかったのでタオルケットを適当に敷いた。ベッドは麗奈に譲った格好だ。今日くらいは一緒にベッドでも構わないと麗奈は言った。正直心が揺れた。しかし、意地が勝った。俺はもう麗奈と一緒に寝ていい立場ではない。  朝起きた時には、麗奈の姿はなかった。麗奈が置いていた私物はほとんどなくなっていた。 *  これで良かったのだ。  まだ薄暗いなか、麗奈はパンパンに膨らんだキャリーを引いてずんずん歩いていた。一睡もできなかったので目の下のクマがものすごい。  私物を置き過ぎていたみたいだ。お気に入りのTシャツ、最近見かけないと思ったら哲哉の部屋にあったとは。無理やり詰め込んだキャリーはパンク寸前だった。  始発の電車で二駅乗った。駅から自宅までは十分ほどだが、部屋の鍵を開けるころには汗だくになっていた。  玄関にキャリーを打ち捨て、ベッドにダイブした。  枕に顔を埋める。近所迷惑になってしまう。限界だった。  ――もういいよね。  枕を顔に押し付け、麗奈は唸るように一人慟哭した。  ずっと一緒にいたかった! いられると思ってた!  猫、飼いたかった! 想像したよ。幸せだっただろうな。  君の子どもを抱きたかった! 一人目は女の子、二人目は男の子で……。  でももう戻れない。  ごめんなさい、ごめんなさい……。  一年前、医者に告げられたのは、ある婦人科系の病名だった。  生理痛は昔から酷い方だった。高校の時は学年集会中に倒れて保健室に運ばれたこともある。  生理痛は女性の宿命だと諦めていたが、暇つぶしのネットサーフィンをしていた時「生理痛はないのが当たり前」という記事を見つけ、麗奈はうろたえた。だるかったり腰が重かったりという程度ならともかく、薬で痛みを抑えるほどの症状は本来「ない」ことが正常らしい。  ないのが普通なのに、動けなくなるほど酷い私は……? どこか悪いんじゃないの? と心配になって、麗奈はおっかなびっくり婦人科を受診した次第である。  診断結果は、不妊の原因にもなる有名な病気だった。子どもができないことに悩んでどうしようもなくなって医者にかかり、そこで初めて病気でしたと発覚する例もあるらしい。必ず妊娠できないわけではないが、重症例だと確率は大きく下がる。  麗奈は重症例だった。
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