君と一緒に猫を飼いたい

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 進行を遅らせるためのホルモン療法を行うことになった。  どうやって自宅に帰ったか覚えていない。気づけば真っ暗な部屋で煌々と光るテレビを前に、うつろな目で座椅子に寄りかかっていた。  テレビではひな壇で芸人がゲラゲラと声を張り上げている。  なにがそんなに面白いんだ。  リモコンをひっつかみ、テレビに向かって振りかぶる。しかし理性がすんでのところで投擲を妨げ、結局麗奈は電源ボタンを押すに留まった。  哲哉に連絡する前に、もっと病気のことを調べておこうと思った。どういった薬や治療法があって、どのくらいの効果が見込めるのか。妊娠の可能性はどのくらいなのか。私自身がまだ病気をよく知らない。  哲哉が子ども好きなことくらい明々白々だ。電車やバスに乗っている時、哲哉はよくお母さんの死角から子どもをあやしていた。イクメンという言葉も嫌いだった。自分の子どもなんだから育てるのが当たり前だろ、なにがイクメンだ、じゃあ女性はイクジョとか呼ぶか? 呼ばないだろ、というのが理屈である。  哲哉には迂闊なことは伝えたくなかった。  しかし、調べてから調べてからと思っているうちに麗奈は、哲哉に相談するタイミングがわからなくなってしまい、一人抱え込むことになる。  ある日、不妊治療を行っている夫婦の旦那さんがネット掲示板へ書き込んだ文章をたまたま読み、麗奈は打ちのめされた。 『頑張れとは言えない。妻はもう十分頑張ってきた』 『もうやめようとも言えない。今までの妻の努力を否定しているように聞こえる』  しかし、本当に旦那さんが参っていたのは奥さんの豹変ぶりだったという。妊婦さんとすれ違ってはデブじゃんとせせら笑う。子連れで仲の良い家族を見かけた日には、これ見よがしに子どもを連れ歩きやがってと髪を振り乱して泣き叫ぶ。心が痛む数々のエピソードが書き綴られていた。  もし私が、子どもができないかもしれないことを哲哉に伝えても、哲哉はそれでもいいから一緒にいようと言ってくれるかもしれない。私の知っている哲哉なら、本心を押し殺し、子どもがいないならいないで幸せな夫婦の形があるのだと折り合いをつけて私を愛してくれるだろう。  でも、私は自分の子どもすら抱かせてあげられないかもしれない女だ。ネットで綴られていた夫婦のように嫌な女になってしまうかもしれない。
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