#プロローグ

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 口からはそんな声が出てきたけど、そんなに痛いワケじゃなかった。慌てて走って、ようやく止まって自分を取り戻して、パニクってしまったことが恥ずかしくて口をついて出た。そして、誰か見ていないか周りを見渡した。相変わらずうるさいセミの声が響いている。辺りは林の中ではあるが開けていて、薮にはなっていない。身体をはたいて土や葉っぱを落としながら立ち上がる。少し視点が高くなって見渡せる範囲が広がった。しかし前後左右が開けているために、道はあるのか無いのか、どっちに行けばいいのか分からない。ふとアタマに手をやると、麦わら帽子が無くなっていた。たぶん、走っている最中に耳元でブンブンいう音が聞こえて、慌てて手を振り回した時に落としてしまったのだろう。 「遭難?」  頭の中で浮かんだ言葉がポロっと出た。カサッ。麦わら帽子の代わりに、葉っぱがアタマについていた。葉っぱを取って見つめると、じわっと輪郭がにじんできた。 「大丈夫?」  心配そうな女の人の声が聞こえた。顔を上げると、にじんだ視界の中に僕よりは年上らしいお姉さんがいた。僕は手の甲でゴシゴシと目を擦った。ちょっと目にホコリが入った時のように。そしてじっと見ているお姉さんから目をそらした。 「顔が赤いよ?」  うるさいな。と、思いながらお姉さんを横目で見た。髪の長い色の白いお姉さんだ。なんだか変な白い服を着ている。子供ながらに綺麗な人だなと思った。顔つきや体つきがとても整っている。その目は静かな水面のように見るものを写していた。そしてお姉さんの周りだけ光りが当たっているような気がした。  ふと、お姉さんが空を仰いだ。僕もつられて上を見たけど、ここは林の中で木々の葉っぱのすき間から少し空の様子が分かるくらいだ。それでも、すき間にのぞいた空はさっきまでの青空ではなく、灰色の雲に代わっていることは分かった。クンクンと鼻を鳴らした。気が付くと林の緑の匂いの中に湿った水の匂いが混じっている。     
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