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誰かが呼びかける声がした。気が付くと雨は止んでいて、陽の光は少しだいだい色に近づいていた。辺りを見渡すと洞窟の中は僕一人だった。あれはまぼろしだったのかな。僕は立ち上がると、ポンポンとズボンをはたいてホコリをはたいた。と、ポケットに何かが入っている。手を突っ込んで取り出すと、小さな丸い緑の蜜柑のような、檸檬のような果実が出てきた。拾った覚えはないし、持ってきた覚えもない。あのお姉さんかな。丸い果実を鼻先に持っていくと、爽やかな匂いがした。あの人の匂いだ。
「お~い。」
呼び声が近づいてきた。じいじの声だ。きっと心配している。僕は洞窟から出た。走り出そうとして、ふと立ち止まって振り返る。洞窟には姿は見えないけど、あのお姉さんが見ている気がした。
「また来るよ。」
僕は呟いた。『またね。』聞こえるはずもない小さな呟きが、どこかで応えた気がした。僕はちょっと嬉しくなって、走り出した。少し涼しくなってヒグラシが鳴き始めていた。サアッと吹き過ぎた風は青い果実の匂いが混じって、彼女の綺麗な緑色の髪で撫でられたみたいだった。葉っぱに乗っていた雨粒が飛ばされて、午後の日差しにキラキラときらめいた。木々のすき間から空を見上げると、懸け橋のような虹が見えた。
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