庸介の夢 9

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「女の子は割とこだわるだろ、そういうの。オシャレな店がいいと本当は思っているのに、俺が疲れていそうだから手近で早いところにしようと気を使っているなら……」  庸介の言わんとすることが分かり、椿は慌ててそれを否定した。 「違います! 気など使っていません。私、本当に牛丼屋さんに行ったことがなくて、いつか庸介さんと行ってみたいと思ってて」  椿は人差し指を立てると、いい事でも思い付いたかのように目を輝かせた。 「よくドラマとかにあるような、並盛り汁だくで! って言いたいんです!」  プッと庸介は吹き出すと、それを契機に大きな口で笑い出した。ひとしきり笑った後、目尻の涙を拭くと大きく息を吐いた。 「そうか分かったよ。椿には負けた」  椿の手を取ると駅の近くにある牛丼屋へと戻る。 「牛丼食おう。味噌汁とお新香もな」 「はい! 庸介さんの分も注文させてください」  嬉しそうに歩く椿の横顔を見つめていると、突然椿が顔を上げた。 「私の初めては庸介さんでいっぱいですね」  嬉しそうに頬を緩め、また歩き出す。  初めてが俺でいっぱいか。椿の様子に微笑みながらも、庸介は騒つく胸の中を持て余していた。
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