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――施設を出た後、旅費をため単身でパリに渡り、モデルになるべくオーディションを受けて歩く。帰る家もなく背水の陣で挑んできたが、世界の壁は大きく日本人への蔑みも手伝い受け入れは針の孔よりも小さい。
有名なセーヌ川を眺めながら、自分はどこにも行くところはないと環は冷たい指先をこすり合わせる。
何度もオーディションに落ちて気持ちは沈んでいるが、まだまだ環は頑張るつもりでいた。
悩んでもいてもしょうがないと思い、ウォーキングの練習を始める。靴を痛めてはいけないと思い、彼女は裸足で冷たい道を気取って優雅に歩いていた。
そこを通りがかったのがジャン・モロウと妻のマリーだった。
「ねえ、ジャン、その靴見て頂戴」
「ああ、娘のクロエのものと全く同じだ――サイズも34だ」
「どこかに子供がいるのかしら?」
グレーのつばの広い帽子を脱いでマリーはきょろきょろとあたりを見渡す。その間、ジャンは小さな赤いダブルストラップのフラットシューズを手に取り、ふわっと香る匂いを嗅いでいた。
向きを変えて歩く環が自分の靴をまえに二人の夫婦が話しているのを見かけ慌てて駆け寄る。
「あ、あの、ムッシュウ、マダム。それ、私の靴です」
ジャンとマリーは振り返って大柄な東洋人に目を見張る。
「ん? マドモアゼル、君のなのか」
「あ、はい」
片言のフランス語と混じった英語で足をもじもじさせながら環は答える。
マリーは目を細めて赤い靴を見る。
「この靴はもう販売されてないはずなのに……」
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