第三部

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「そうか……。そんな事情が……。兵部さんも知らないのか」 「ええ。薫樹は、そういうことにあまり関心がないから、周囲が私とジャンが恋人だと噂していれば、そうだと思って追及もしないはず」 「う、ん。確かに。普通、そういう関係には否定的な反応もあるだろうに、彼は淡々としてたなあ」 「そうなの。薫樹は肯定も否定も、非難もしない。そこがジャンにとっても安心して付き合えると思っていたようなの」 「なるほどね」 「マリーは臨終の際に、よかったらジャンと結婚しなさいと言っていたけど、ジャンと私はやっぱり父と娘だった。ジャンは自分が死んだら薫樹のところへ行くようにって。彼は安全だからって。それに彼には『KIHI=貴妃』を完成させてほしいって願いがあった」 「はあー。それで珍しく日本の仕事引き受けて、ここに来たってわけか」 「うん。でもそれをまだ薫樹に上手く伝えることが出来ていないの」 すっかり着衣の乱れを直して環はしずかに話を終えた。それでも涼介はある疑問がぬぐえない。 「環さん。もう一つ気になるんだけど。――どうして俺と寝ようとしたの?」 環は叱られた子供のような顔でうつむき答える。 「大人になりたかったの。もう、本当に一人になったから。自立しないとって。ほかに方法が分からなかった……。薫樹はきっと私に関心がないし、あなたは薫樹と仲が良くて慣れていそうだったから」 「うーん。光栄だと思えばいいんだろうか。実際、出会った時の印象は最悪だったが、正直に言うと今は君がとても気になってる。――だけど、そういう理由ならなおさら無理だ。男と寝たからって自立できるわけじゃないんだ」 「そうよね……」 か弱い少女のような環の潤んだ瞳から涼介は目を逸らすことが出来ない。 「もし……もしもだよ? 君が僕を愛すると言うなら――別だが」 「愛する……」 「ああ、男として、そうだな。ジャンよりも、俺を選べるなら」 「ジャンよりも……」 「王より王子を選ぶなら、俺は君の皇帝になってみせるよ」 涼介は知らず知らずに環のことで頭がいっぱいになり、口説いている。 「そろそろ、帰るよ。従業員に変に思われてもいけないから」 「うん。ありがとう」 「今度、うちに招待するよ。おやすみ。プリンセス」 柔らかくなった表情の環を一目見て、涼介は部屋を立ち去った。
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