第三部

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小野小町が愛したという芍薬(ピオニー)の甘く華やかな香りをメインの香りにと最初に考えたが、小野小町自身のイメージとは違うと薫樹は感じる。 しかも外国人が小野小町をどれだけ知っているかというと、よほどの日本文化通でないといないのではないかと思う。恐らく『芸者』のほうが知名度が高いだろう。 「うーん。海外向けのジャパンか」 純粋に小野小町のイメージで調香すると、おそらく海外進出は無理だろう。 気分転換に研究室から出て、屋上に向かった。 初めて芳香と会った場所で、彼女の足の匂いを思い出す。 「うーむ。環よりも芳香の方が小町という雰囲気なのだがな」 せまっ苦しく、簡素な水道があるだけの寂しい屋上で薫樹はポケットから環の名刺を取り出し匂いを嗅ぐ。 「外国人が思う東洋とはやはりこのジャンの作った香りの方だろうなあ」 エキゾチックな残り香は湿り気を帯びた竹林や、水墨画などを連想させる。 日本の香水と言えど、多少は中華の華やかさを足さねば繊細すぎてすぐにかき消されてしまうだろう。マニアックな香りづくりではないのだ。 そう考えれば考えるほど、この『KIHI=貴妃』よりも成功するイメージのノート(調香)が思いつかなかった。 久しぶりに薫樹は頭を悩ませる。 「なかなかジャンを超えることはできそうにないな」 全く気分転換にならず研究室に戻ることにした。
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