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環の持っていた故ジャンの香水『KIHI=貴妃』とほぼ変わらない調合ができたが、今一つ足りないものを感じて薫樹は一人研究室に残り、実験を続ける。
さすがに疲労を覚え、休憩をすべくロビーに出ると環が静かに座っている。
「どうしたんだ。来ていたなら、呼んでくれたらいいのに」
「ん。調香中は邪魔したくないから」
「そうか」
ジャンの元で過ごしてきた彼女は調香師の集中力を妨げない。
「で、どうした?」
「これ」
小さな小瓶を渡す。『KIHI=貴妃』だ。
「ジャンの遺品だろう。たくさんあるのか?」
「ううん、これだけ。だけどこれはジャンからあなたへのプレゼント。完成させてほしいって。もう私には必要ないしね」
確かに環は香料を身につけていないようだ。
「うーん、もうこの香り自体はほぼ完成しているんだ。これより上の完成っていうのは君が付けて初めてなすものだな」
「さすがね」
「今、何もつけていないのか」
「ええ」
「ちょと嗅いでもいいかな」
「どうぞ」
環は立ち上がり、すっと薫樹の前に立つ。
薫樹は頭の天辺から眉間、鼻筋、口元に鼻先を沿わせ、首筋、肩、胸元、腋へと移動する。
「ああ、これか」
納得した後、「環、そこに座って靴を脱いでくれ」と指示する。環は言われるまま、キャンバス地の小さなフラットシューズを脱ぎ素足を出す。
ムエット(試香紙)を嗅ぐように、爪先の匂いを嗅ぐ。
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