第三部

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――幼い頃に家族を亡くし、親戚に引き取り手もなかった環は18歳まで児童養護施設で過ごすが、16歳の時にはすでに身長が175センチを超えており、非常に目立っていて、すでにモデルのスカウトがあった。特にモデルになりたいと思ったわけではないのだが、施設の仲間や職員がそれをぜひ生かすべきだと勧めた。運動神経も学力も平凡な環にはその道しか当時選択の余地がなかった。 しばらくモデル活動を行い、自分の力で生きてはいたが、日本での活動には限界があった。 日本で人気を得ようと思うには環の身長は高すぎて、しかも顔立ちが素っ気なさすぎるのだ。モデルとしてのスタイルや資質は申し分ないが、日本独特の可愛らしいアイドル性が足りない。そこで奮起してパリに単身で挑んだのだ。 「確かに君はあんまり日本人受けはしそうにないな」 「残念ながらね」 良く笑うようになった環は懐かしそうに当時を振り返った。 「しかし、そんなに小さな足でよくそこまで背が伸びたね」 「ああ、それはよく言われるけど、普通だったらもっと大きかったかも」 ――施設では衣服のおさがりは多く困らなかったが、靴は不足していた。運動量の多い子供たちの履き古す靴は、洋服のおさがりの並みでなく汚れ、破れ、履けるものではない。新品の靴を買ってもらうことがあることにはあるがサイズが上がればすぐ買ってもらえるわけでもない。 環は中学入学のために買ってもらった黒の革靴を大事に履いた。サイズが上がるとボロボロの靴に変わってしまうのが嫌で、きつくても我慢して履き続けていた。 「まるで、纏足じゃないか」 「そうね、そのせいであんまりスポーツも得意じゃなかったのよね」 「しかし、スーパーモデルともなると違うね。自分は平凡だなあと思うよ」 「あなたって不思議ね。私の話に同情しないのね」 「うーん。可哀想な目に合っている最中に出会っていたらそう思うかもしれないね。でも、もうそれを乗り越えて目の前にいる君が素敵だと思うだけだ」 「ありがとう。そういわれると楽だわ」 「ははっ、まあ、誰だって辛い思いも苦しい思いもして生きてきてるんだしね」 「あなたの話も聞かせて。どうしてこの世界に? ミントがずっと好きなの?」 「そうだなあ。ミントはうちの母が庭に植えていたんだ。最初からそれが好きだったわけじゃないんだが」
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