第三部

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香水が完成して名前も『TAMAKI』となった。日本人名のつけられた香水は数少ないが、この『TAMAKI』は今世紀で一番有名なものになるだろうと会社は睨んでいる。 芳香の友人の真菜は会社のパーティで薫樹と環が抜けだし、そして香水の名前が変わったことに不安を感じている。 昼休みに少しでも芳香に会って顔を見ようかと思い玄関に向かうと薫樹とすれ違った。 「やあ、立花さん」 「兵部さん――」 機嫌よく立ち去ろうとする薫樹に思わず真菜は声を掛ける。 「あの、すみません、ちょっといいですか?」 「ん? なんだい?」 「なんで香水の名前変えたんですか?」 「コンセプトと完成した香りが環だったからね。小町より売れるとおもう」 「えーっと、そうではなくてぇ」 「ん?」 言い辛いことだが親友のためだと思い、周囲に人がいないことを確かめて真菜は思い切って告げる。 「環さんは薫樹さんの恋人ですか? それとも元カノ? 芳香ちゃんとどっちが大事ですか? 私、パーティで二人が抜け出したり、こっそり会ってるの見たんですよ」 「――」 薫樹は一瞬きょとんとしたが、真菜の言いたいことがわかりハッとして説明した。 「誤解をさせてすまない。彼女とは古くからの友人で、全くそれ以上の関係はないんだ。僕の愛する女性は芳香だけだよ」 はっきりという薫樹に「そうですか。よかったです」と真菜は照れたが安心した。そしてこの不安を芳香に知られることがなくてよかったとも思った。 「じゃ、失礼します」 真菜は頭を下げてランチに向かうことにした。 薫樹は立ち去った真菜の言葉を反芻し、出来るだけ誤解を招く行動を避けねばと思う。今までのように無頓着のままでいては芳香に心配や不安を与えるかもしれない。 「そろそろきちんとしなければな」 ネクタイを正し、薫樹は次なる調香のコンセプトを頭に巡らせながら研究室へと戻った。 
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