第四部

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今日のために買っただろう高級な緑茶は、普段入れ慣れていないため苦くて熱い。 「あ、薫樹さん、美味しくなかったら、無理して飲まなくていいですよ」 「ん?」 大人しく飲んでいる薫樹に耳打ちしていると、桃香が目の前にどっかりと座る。 「それ、あたしが淹れたんだけどー」 「あ、ありがと……」 「ありがとう」 薫樹が微笑みながら礼を言うと桃香は大きく巻いた髪を指でくるくる回して得意そうな顔をする。相変わらず派手な妹のショート丈のスカートに目をやり、芳香は、はあっとため息をつく。桃香は薫樹と話したくてしょうがない様子でそわそわしているが、さすがに両親に大人しくしていなさいと言われているようでチラチラ薫樹を盗み見るだけのようだ。 どうやら父親が帰ってきたようで玄関先でなにやら話し声が聞こえた。母親が何やら進言しているらしく父親はまっすぐにリビングに入らず洗面所へ向かって戻ってきた。 髪を整え、髭をそりなおした父親がネクタイを直しながらリビングに入ってくる。 薫樹はさっと立ち上がり頭を下げた。 「父の柏木敬一です」 「兵部薫樹です」 薫樹は改めて自己紹介し、名刺を差し出すとリビングはふわっと柑橘系の甘酸っぱい果樹園のような香りに満ちる。 「ふぉっ!」 父親は会社のように威厳を持った様子から一変してリラックスし、一瞬で仕事の疲れが癒えたような表情でソファーに座り込む。 「これはお土産です。うちの会社の詰め合わせですが」 「ああ、これはこれは。おーい、母さん、兵部さんから頂き物だぞ」 母親の美津子がまたパタパタとスリッパを鳴らしてやってくる。 「まあまあ。ご丁寧に。ちょっと落ち着いたら予約している『花御前』にいきましょう」 「やったー! 花御前だあー!」 「これっ、桃香」 母親にたしなめられたが、桃香はすでに薫樹の手土産を物色し、ローションや美容液などを自分のものにしている。 ちらっと美津子はその様子を見ながら今は黙っているが、薫樹と芳香が帰れば争奪戦になることだろう。
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