第四部

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鈴音が持っていた保冷バッグを開き、「これ、お土産です。生徒さんがくれたものですけど多かったのでー」と豚肉の塊を取り出した。 瑞恵が「あらっ! これはいいものね。よかったあー」と手を叩く。 「どうしたんです? お義母さん」 鈴音がのん気な声を出すと瑞恵は気まずい表情をしながら言い訳する。 「うっかりしてて、お料理の用意何もしてなかったのよ。本当は薫樹と芳香さんのために腕を振るう予定だったんだけど……」 「えっ? お義母さんが作るんですか?」 「ええ、そうよ」 鈴音の複雑な表情を見かねて、透哉が瑞恵に尋ねる。 「母さんは何を作ろうと思ってたんです?」 「そりゃあ、うどんを打とうかと。あとお庭の野菜で何か創作するわよ?」 「うーん。うどんか……」 愛嬌のある顔立ちの透哉が難しそうな顔になった。父親の絹紫郎は腰を抑えながらリラックスした様子でいつの間にか寝ころんでいる。 事情が呑み込めない芳香に薫樹は説明を始める。 「すまない。芳香。うちはこういうことが不得手なんだ。母は……あまり家事が得意ではなくてね……」 「ああ、そうなんですかあ。でも、おうどんを打ってくださるって」 「うむ。唯一上手な料理だ」 薫樹の話に絹紫郎が加わる。 「母さんのうどんはのど越しが最高だからなあ。あれを食べるとほかの麺は食べられないだろう」 満足そうに言う絹紫郎に透哉は同意しながらも意見を述べる。 「確かにそうですけど、薫樹の結婚相手が初めてきたんですよ? 普通はうどんじゃないでしょー」 「ん? 鈴音さんが来たときってうどんじゃなかったっけ?」 「えっとー、一番最初は、家がここじゃなかったから、レストランで会食しましたよ」 「そうだったかなあ」 透哉の話を聞き、瑞恵は落ち込んでいるようだ。鈴音が朗らかにフォローのような感想を述べる。 「お義母さんのおうどんを最初にいただいたとき、すっごい美味しくてご馳走だと思いましたよ」 「あら、そう?」 少しだけ安堵の表情を瑞恵は見せたが、問題はまだ解決していない。 「今夜はどうする予定だったんだ?」 「菜園の白菜を煮て、冷ややっこでも食べればいいかと思ってました」 「まあ、私たち二人ならそれでいいんだがなあ」 薫樹の両親は食事にはあまりこだわりがないらしく、特に父の絹紫郎は口当たりがよければほぼ大丈夫のようだ。
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