第四部

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囲炉裏を輪になって囲む。 梁からぶら下がった鍋掛に掛けられた鉄製の鍋からぐつぐつと煮える音がし、だしと肉の匂いが漂う。 「ああー、楽しみだわ」 「おいしそうな匂いですねえ」 瑞恵と鈴音は待ちきれない様子で鍋を見つめている。 ポン酢を入れた小鉢を芳香が配り終えると、薫樹が木の蓋をそっと外す。ふわっと湯気が立ち込め白菜と豚のばら肉がきれいに重ねられた薔薇のような中身が現れると皆が歓声を上げる。 「きゃー、おいしそうー」 「順番こ順番こ」 嬉しそうな家族の様子に芳香はほっとして全員の手に渡るのを待った。 「じゃあ、乾杯するか」 絹紫郎が、透哉に配らせた日本酒の入ったグラスを掲げる。 「乾杯」 「かんぱーい」 「乾杯っ」 一口、日本酒を口につけ、皆が箸を運ぶ。味はどうだろうかと芳香がうかがっていると、 「美味しいー」と鈴音から声が上がった。 「よかったあ……」 「心配しなくても、君の料理はいつも美味しいよ」 「嬉しいです」 口当たりにうるさい絹紫郎も満足げに口に運んでいる。 瑞恵が「うちにポン酢なんてあったかしら」と不思議がるので薫樹が「それも芳香が作りましたよ」と返すと瑞恵は「ポン酢って作れるのねえ」と感心する。 「じゃあ、ここらへんで、わたしからお祝いの歌、お贈りしますね」 鈴音が立ち上がり、こほんと咳払いすると透哉が手拍子を打ち始めると「えんやぁ~」と鈴音が一声を発した。 朗々と響く歌声は軽やかに伸びやかに『祝い唄』を熱唱する。 初めて聞くプロの歌う民謡というものに芳香は圧倒される。鈴音が歌ったのは『木遣り唄』と呼ばれるものでめでたい席で歌われる唄だ。
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