第四部

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声というものがマイクもバックミュージックもなく人を魅了するものだとは知らなかった。 透哉は手拍子を打ちながらも目をつむり、鈴音の声を自分の中に浸み込ませるように首を振ってリズムを取り、聞き入っている。 歌い終わった後、拍手の嵐が巻き起こり鈴音はぺこりとお辞儀をして座る。 「とても素晴らしかったです」 芳香が感動を告げると、鈴音がにっこり笑い、となりの透哉がそうだろうそうだろうと、うんうん頷いていた。 少し酒の入った透哉が鈴音ほどいい声の持ち主はいないと褒め始める。 「あら、透哉さん、ちょっと酔って来ちゃった」 鈴音がまた始まっちゃったという顔をする。透哉も薫樹と同様で自分の恋人を自慢したがる性質のようだ。 「鈴音に出会わなかったら、ずっとピアノだけの面倒を見てたんだろうなあ」 透哉はメーカー勤務でピアノを調律しているが、民謡を歌う鈴音との出会いによって和楽器のメンテナンスや調律も手掛けている。 素晴らしい声の持ち主の彼女との出会いは勿論、恋に結びつくものであるが、透哉自身の人生も広がりを見せたということだ。 透哉の話に聞き入っている芳香に鈴音がこっそり「透哉ってば自分にいい解釈ばっかりしてるのよ?」と笑って言う。 鈴音に言わせると、こだわりの強い透哉は楽器の中でピアノが最高だと言い張り譲らなかった。それはそれで構わなかったが、日本の楽器にも素晴らしいものがたくさんあり、繊細で美しいのだと知って欲しかった鈴香と出会った頃は言い争ってばかりだった。 「色々あってやっと偏見がなくなったみたいだけどね。困った人だったわよ。こだわりが強すぎて」 完璧な二人に見えたとしても、時間をかけて譲歩し、主張し、試行錯誤を重ねた結果、ぴったりな二人になっているのかもしれないなと芳香は寄り添う兄夫婦を見た。絹紫郎と瑞恵も今は穏やかなおしどり夫婦に見えるが出会った頃は違ったかもしれない。 自分と薫樹もいつかぴったりになりたいと芳香は将来を夢見た。 こうして素晴らしい兵部家の宴は終わりを告げる。
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