第四部

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 電車に揺られながら青々とした山を眺める。帰りがけに瑞恵から持たされたシルクの薄緑色のショールを首に巻き、その滑らかな手触りを芳香はうっとりと確かめる。 ショールは絹紫郎が織ったものを、瑞恵が草木染したものだ。 絹紫郎が重要無形文化財保持者(人間国宝)になるほどの腕前の持ち主であることを芳香は幸いにも知らずに、ショールを何度も撫でまわしている。 「薫樹さんのご家族だけあって皆さんすごい方ばかりですね」 「そうかな。すごいと言うより偏っていると言った方がいいだろう」 「ま、まあ、そういう言い方もあるかもしれませんが、皆さん優しくていい人たちで安心しました」 「そうか。それなら良かった。自分自身へのこだわりが強いが他の人には寛容だからね。しかし疲れただろう」 「うーん、ちょっとだけ」 「少し眠るといい」 薫樹は芳香の頭を自分の胸元に引き寄せる。甘酸っぱい柑橘系の香りと森林の香りが交じり、芳香をたちまち眠りに誘う。 「ふわぁ、ちょ、とだけ。すみません……おうどん、美味しかったあ……」 「フフ」 安心して眠る芳香を見つめ、窓の外の流れる景色を眺め薫樹は早く二人きりになりたいと思っていた。
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