第四部

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芳香と薫樹が結婚した翌年、薫樹は『TAMAKI』に次ぐ、名香を発表する。 『あなたとわたし(邦題)』は海外でも、『TAMAKI』以上の評価を受け、薫樹の名前は調香界でも不動のものとなる。 この香りはセクシーさの中にリラックスを感じ、優しさの中に情熱を感じる、二極のものが絶妙なバランスを保ち、いわれもなくうっとりするのだ。 ただ、涼介と真菜はこう言う。 「これって兵部さんと芳香ちゃんでしょ?」 それを聞き芳香は怒る。 「やだ! 薫樹さんってば、なんて香り作るんですか!」 目を三角にしながらも『あなたとわたし』を薫樹が身に着けると、そろそろと近づき潤んだ目で胸元に忍び込んでくる。 「やっとできたんだ。でも君の香りは僕だけのものだから作らないよ」 「もうっ! ほんとに私の香りなんか作んないでくださいよ!」 彼女の麝香は彼女のままに。 芳香はそっと呟く。 「薫樹さんの香りも作らないで。このフィトンチッドは私だけのものにさせてください」 「ん。僕は自分の香りがわからないし、これも、君が言う僕の香りをイメージで作っているものにムスクを掛け合わせている――僕の香りは君だけの香りだよ」 安心して芳香はまた薫樹の指先の香りを嗅ぎ、口に含み舐める。 「君の爪先も楽しませてもらおうか……」 寝室は『あなたとわたし』を超える名香で満ちるが、その香りを嗅ぐことは、それを創り上げる二人以外叶わない。
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