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「何してるんだ」
「もうっ、今日は帰ります」
すっかり怒ってしまっている彼女に性急すぎた自分に反省をする。いつの間にか香りも薄まりなんとなく感じられる程度になっている。
「本当にごめん。あまりにいい匂いだったから……」
「ほんとに、いい匂い……なんですか?」
香りを褒められると少しは機嫌を直したようだ。
「うん。今では手に入らない天然の麝香の香りだ」
「作れないんですか?」
「今出回っているものは100%人口で作られた麝香だよ。でも天然には及ばないんだ。君の香りも再現は不可能だろう」
「私の香りなんて作んないでください!」
「ははっ。作れたらどんなにいいだろうね。ずっと嗅いでいたい。興奮もするしリラックスもする。最高だよ」
「そ、そんなに褒められると……。あの、私のとっては薫樹さんの指先のほうがそんな感じなんですが」
「ふむ。不思議なもんだな」
すっかり沈静した寝室から二人は出てダイニングに向かいお茶を飲むことにした。
「また、来てくれるかな」
「え、あ、はい」
「出来たら結婚してくれないかな」
「え、ああ、はい。え? は? け、っこん?」
「うん。通うのは面倒じゃないか? 一緒に暮らせばいいだろう」
「なんで、いきなりそんな話になるんですか?」
興奮し始めた芳香にもう一杯ミントティーを注ぎ勧めた。
「おそらくこれ以上のパートナーは出てこない」
「そんなこと、決めつけないでください」
「いや、僕が決めたんじゃない。香りで決まってる。相手の体臭が好ましいほど遺伝子レベルで求め合っているということだよ。これだけ香りに囲まれていても君以上の名香には出会えなかった。きっと君もそうだ」
「……」
「前にも言ったけど、匂いだけじゃないから」
「――ちょっと、考えさせてください」
「うん。もう急がない。最高のものがあるってわかっただけでも十分だしね」
ミントの香りが漂うダイニングに他の香りが混じってくるかもしれないと思うと薫樹は珍しく楽しい気持ちになった。
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