第一部 

32/32
前へ
/168ページ
次へ
――簡素な部屋に帰り、芳香はごろんと寝っ転がる。(プロポーズされた……)  まともな恋愛関係を築いていないせいか複雑な気分だ。それよりも鼻腔の奥にくすぶる薫樹の指先の匂いが記憶から離れない。(あんな、エッチな匂い初めて嗅いだ……)  思い出してごくりとつばを飲み込む。あれは本当に自分の香りだったのだろうか。どちらかというと芳香には白檀にバニラが混じったように感じられた。思わず変態だと薫樹をののしってしまったが自分も彼自身の香りを嗅いでみたい好奇心がある。 (私も変態だよね……。あそこ匂わせてって言ったらどんな顔するんだろう) 想像がつかないがなんだか愉快になる。仕事で自分の居場所とやりがいをみつけ、一風変わった恋人を得た。殺風景な部屋を見渡し、薫樹の部屋も似たようなものだったことを思い出したが、目を閉じても二人一緒だと香りが在る。確かにこれ以上のパートナーは望めないのだろう。何も持ってなくても何もしなくても安らぎと興奮を感じられる香りに包まれるのだ。 (変わった人だけど……) とりあえず先々どうなるかわからないが、そばには居たいと思っている。  近いうちにムスクとフィトンチッドが混じりあい、二人だけの名香を作り上げるだろうか。 第一部 終わり
/168ページ

最初のコメントを投稿しよう!

551人が本棚に入れています
本棚に追加