第二部

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寝室は広々としてベッドもキングサイズだ。気持ち良く潜って入るが芳香はこのベッドのサイズがどうして個人に必要なのかと思う。薫樹は女性と付き合ったことがないと言っていたが、この広さは一体何なのだろうか。 「まさか、えっちだけはするとか……」 以前、経験がないと言っていたがそれにしては、やけに触り慣れていて初めて触れられるのにあんなに気持ちがよかった事が芳香にあらぬ心配をさせる。美月のことや今まで聞いた噂などをごちゃごちゃ考えていると薫樹が寝室に入ってきた。 「遅くなったね。今夜はもう休もう」 「え、あ、はい」 覚悟を決めてきていたのに大人しく寝ようと言われまた芳香は動揺する。(美月さんの事考えてるのかな……) シーツにするりと滑り込み、薫樹は隅にいる芳香を引き寄せると、自分の方を向かせ「上からだったな」と優しく口づけをする。 「ん……」 キスだけは何度か交わしていて、その度に芳香はこのまま強引に奪ってほしいと願うが薫樹は案外紳士なのだ。 「おやすみ」 「あ、おやすみなさい」 薫樹に腕枕をされ向かい合っているが、しばらくすると芳香はくるりと眠ったまま背を向け、薫樹のてのひらに頬を置き、指先を嗅ぎながら「うーん、いい匂いー」とむにゃむにゃ寝言を言った。 「幸せそうだな」 考え事をしている薫樹に眠気はまだ訪れておらず、芳香が自分の指先の匂いを嬉しそうに嗅いでいる様子に微笑んだ。 「今度逆さまになって眠るのはどうだろうか」 芳香の足の匂いを嗅ぎたいがこの体勢では難しい。試行錯誤が必要だと考えたが、芳香の幸せそうな寝顔を見ると満更でもない。 これまで調香師としてやってきた仕事は数々の成功をおさめ満足しているが、何も施さない自分の指先の香りがこのような効果を発揮したことに薫樹は不思議な感覚を覚える。 「香りには香りだな」 結論が出たので薫樹も安らかな眠りについた。
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