第三部

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「ふん。何、あの人。軽そうな男ね」 「清水君は日本では有名なフレーバリストでね。ミント王子と呼ばれている。気さくで楽しい人だよ」 「へえ。王子様ね」 「ところで、珍しいね。日本の企業の仕事を引き受けるなんて。ジャンは一緒に居ないのか」 「ジャンは……。死んだの……」 「えっ!? いつ?」 「去年。もう高齢だったし、いつでもおかしくないって思ってたけど」 「そうか……。残念だ。調香界の王が……」 「それで、私ももうフランスにもいる意味がないし、モデルにも飽きたから日本で適当に過ごそうと思ってた時に『銀華堂化粧品』からこの話が来たのよ。ジャンもいないし、もう落ち目の私には断る理由がなかったから」 「……」 「今回の香水の名前『KOMACHI=小町』ですってね。私に本当に合ってるのかしらね」 「君は小町というよりも楊貴妃というイメージだからかなり僕にとっても違うんだが、まあ善処するつもりだ」 「ふふん。ジャンが最後に私のために作ったパフュームがまさに『KIHI=貴妃』よ。今、身に着けてるわ」 1メートル離れて話していた二人の距離をスッと縮めて環が薫樹の懐に入る。 「むっ、これは!」 「どう?」 「素晴らしい。ちょっとこっちに来てくれないか」 薫樹は環に庭へ出るように促す。 二人が会場を後にするのを涼介と真菜だけが気づいていた。
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