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ここまで話したとき、司会の方と杏の顔は、キラキラうっとり初恋サイコーもう先が読めましたよ私、みたいな顔をしていた。
「それでなになに、テツくんは雪ちゃんが向こうから歩いてくるのを見つけて、そのお花を渡すんだけど、ついに告白はできず、甘酸っぱい思い出になるわけかな」
溢れんばかりの笑顔で杏は話を促した。けれど、
「……この先は、ご想像にお任せということで。大体そんな感じだよ」
僕は席を立った。ナプキンやテーブルクロスの色は全部杏に任せるから。と伝えてトイレに向かう。盛大なブーイングが後ろから聞こえたけれど、いつどこで誰とどんな形で偶然会うかもわからないこのご時世に、これ以上過去を暴露するのは無粋だ。
嘘はついていない。確かなことは、僕も雪ちゃんも失恋したという事実だけ。ただ……
「テツ!」
お姉ちゃんがずいぶん遠くから手を振っている。泣いた後の、ちょっとだけ腫れた瞼をしている。でもその表情はニカッと晴れ渡っていた。あれ、と思った。笑顔のお姉ちゃんの隣を、歩く男の子がいた。高等部は男女でクラスが分かれているはずだった。それは、
「雪ちゃん……」
髪をお姉ちゃんより短くばっさり切って、男子用の制服に身を包んで歩いてきた。僕はそのとき何も理解ができなかった。花を投げるのも忘れ、固まってしまった。放送を見ても見つけられないわけだ。雪ちゃんは僕の顔を見て、一瞬だけ、どこかが痛そうな苦しそうな困った顔をした。そしてスッと僕の手から花を取って、お姉ちゃんの胸ポケットに入れた。
そのときの雪ちゃんの顔は、僕が今まで見た中で一番、素敵だった。
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