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あるとき僕が図書委員と日直の仕事が重なって下校が遅くなったことがあった。初等部の生徒はもう誰もいなくて、先生にも「気を付けて、できるだけ早く帰って」と無責任なことを言われた。急ぎ足で校庭を抜けて、中等部と高等部の運動部が使うグランド横に出ると、夕焼けがキラッと光った気がした。
そこには雪ちゃんがいた。
沈んでいく太陽の光が逆光になって、雪ちゃんの影は僕のほうに長く長く伸びていた。風もないのに長い髪がサラサラしている気がした。僕の視線に気付いたのか、雪ちゃんがふとこちらを向いた。
「……テツくん。今帰り?」
ニッコリと笑ったその顔を直視できず、僕はうなづくのと同時にうつむいた。
少しの間、沈黙が夕日に照らされていた。
「……秋は夕暮れ」
透き通って溶けていきそうな声が聞こえた。
「まだ習ってないかな、枕草子」……マクラのソウシとは、一体……雪ちゃんが続けた。
「秋は夕暮れの時間帯がとても素敵ですね、夕日が沈んで、山の端に近くなっていくところにカラスがおうちに帰っていく姿が見えるのもいいですね、って昔の人が言ってるの」
風が少し冷たくなってきた。なるほど、雪ちゃんは昔の人の話にも詳しいのか。お姉ちゃんなら秋の夕暮れ時に「さみー!肉まん食べたい!」とか言いそうだ。
「ちょっとさびしい感じもするけど、私は秋の夕暮れってとても好き。運動部の子たちがこうして、努力した夏を振り切りながら練習してる感じがして……良い季節だよね」
心が踊るとはこのことだ。なんてことだ、僕が好きな秋を雪ちゃんも好きなんだ。頬が高揚、紅葉する。気を付けて帰るんだよ、と声をかけられたから、心から気をつけて帰路についた。信号は全部守った。
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