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ホームから突き落とされて、電車に轢かれ、それでもわたしはなんとか命を取り留めて意識を取り戻したけれど、「私」の記憶は戻ってこなかった。
わたしは、エピソード記憶――つまり、思い出を失った。
わたしは、記憶喪失になっていた。
それから、彼は毎日わたしの病室を訪れては、いろんな話をしてくれた。
私と出会ったのは、お互い新卒で入社した会社の入社式だったとか、それから何度かデートを重ねて、丁度1年後のデートで、赤い糸電話でプロポーズしたこととか、私がマメな人物で、毎日日記をつけてそれらのことをすべて、事細かに書いていたこととか……ほんとうに、いろいろ。
病院からの外出を許可された日からは、彼らがデートで行った思い出の場所なんかに連れて行ってくれたりもした。
その頃には、彼と話すことも、彼とどこかへ出かけることも、わたしにとってすごく幸せな時間になっていた。
彼はどこまでも優しくて、でもどこか抜けていて、見ていて飽きない、本当に素敵な人だったから。
――ただ、彼のその優しさがわたしに向けられたものではないことも、わかっていた。
彼は私との思い出の話を聞かせてくれたり、あるいは思い出の場所に行ったりした日の最後には必ず、「どう、何か思い出せそう?」と確かめた。
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