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そしてわたしが首を横に振るたび、彼は一瞬ではあるけれど、凄く悲しそうな顔をした。
彼の言葉はいつも、わたしではなく過去の私に向けられていて、彼の優しさはいつも、私の記憶を取り戻すためだけにあった。
わたしはそれにすぐに気付いて、神様に願った。
どうか、記憶を取り戻させてください――。
どうか、彼をこの苦しみから救ってあげてください――。
わたしは神様に、願い続けた。
――そんな日々が、半年ほども続いた。
半年たっても、わたしは記憶を取り戻すことができなかった。
彼がどれだけわたしに尽くしてくれても、彼がどれだけ努力しても、私が戻ってくることはなかった。
この頃にはもう、わたしは気付いていた。
この世界に、神様なんていないんだって。
たとえいたとしても、彼を救ってくれはしないんだって。
彼を救えるのはこの世界でたった一人――
わたしだけなんだって。
***
日常生活への復帰は可能だろうということで病院からの退院の許可が出た日、わたしは、あることを決意した。
彼らは籍を入れると同時に家を建てていて、本当ならその新居に戻るべきだったのだろうけど、「住み慣れた家のほうが、記憶が戻りやすいかもしれないから」と彼や両親を説得して、実家へと帰った。
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