100人が本棚に入れています
本棚に追加
だったら、本当は、せめて今だけは、わたしがわたしである間くらいは、彼には本当のわたしを見ていて欲しいって、心のどこかでは今でも思っている。
……でも、全てはもう遅い。
わたしはもう、彼に嘘をついてしまった。
彼を、騙してしまった。
もう、後戻りはできない。
わたしにはもう二度と、彼から大切なものを奪うことなんて、できない。
彼のためなら、いくらでも嘘をついてやる。
いくらでも苦しみを耐えてやる。
嘘の代償を払う必要があるなら、地獄にだっていこう。
だから、どうか――
どうか二度と、これ以上、彼から大切なものを奪わないで。
わたしは夜空に――、いるかどうかもわからない神様に向かって、そう願った。
そのとき――
(わっ……)
一条の光が、流星が、切り取られた夜空を横切っていった。
(そっか……。このお願いは、叶えてくれるんだね)
わたしは、思わず苦笑した。
(ほんとうに神様って、いじわるで、残酷だ)
夜空では変わらず、月が欠けている。
私の記憶も、元には戻らない。
でもきっと、もうこれ以上、彼が何かを奪われることはないのだろう。
わたしが、私を演じ続ける限り。
だったら、それがどれだけ辛くて、苦しくても、喜んで嘘をつこう。
わたしはこれからも彼のために、彼の望む「私」を、演じ続けよう。
最初のコメントを投稿しよう!