わたしには彼を夫と呼ぶ資格なんて無い

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 だったら、本当は、せめて今だけは、わたしがわたしである間くらいは、彼には本当のわたしを見ていて欲しいって、心のどこかでは今でも思っている。  ……でも、全てはもう遅い。  わたしはもう、彼に嘘をついてしまった。  彼を、騙してしまった。  もう、後戻りはできない。  わたしにはもう二度と、彼から大切なものを奪うことなんて、できない。  彼のためなら、いくらでも嘘をついてやる。  いくらでも苦しみを耐えてやる。  嘘の代償を払う必要があるなら、地獄にだっていこう。  だから、どうか――  どうか二度と、これ以上、彼から大切なものを奪わないで。  わたしは夜空に――、いるかどうかもわからない神様に向かって、そう願った。  そのとき―― (わっ……)  一条の光が、流星が、切り取られた夜空を横切っていった。 (そっか……。このお願いは、叶えてくれるんだね)  わたしは、思わず苦笑した。 (ほんとうに神様って、いじわるで、残酷だ)  夜空では変わらず、月が欠けている。  私の記憶も、元には戻らない。  でもきっと、もうこれ以上、彼が何かを奪われることはないのだろう。  わたしが、私を演じ続ける限り。  だったら、それがどれだけ辛くて、苦しくても、喜んで嘘をつこう。  わたしはこれからも彼のために、彼の望む「私」を、演じ続けよう。     
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