第1章

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「栄田先生、この法案の目的は何なのでしょうか?」 栄田「平穏です。」 「平穏、ですか。」 栄田「人造物を市民に供給することにより、殺傷事件率は大幅に下がるでしょう。特に児童や女性に対する暴行事件の減少に期待を寄せています。」 前野「そんなに、都合よく事が進むと思いますか?」 栄田「無差別も、通り魔も、強姦も、虐待も、全ての根幹となるフラストレーションを人造物によって発散するのです。それで、社会に平穏が保たれる。」 前野「すみません、木俣議員に質問があります。」 一連の質疑を、木俣は背もたれに掛かって静観していた。 その様は、雲の上から下界を見下ろす釈迦の様であった。 木俣「どうぞ。」 前野「この法案が、国会を通る目算はあるのでしょうか?」 木俣は、静かにマイクを手に取った。 木俣「必ず通ります。この法案は、この国の将来に必要ですから。」 前野「必要ですか?殺人の行為が?」 木俣「どうも、報道記者の皆様は、私共が作り出した物が間違っていると、世間に植えつけたいようだがね。」 前野は口を閉じ、鋭い眼差しに変わった。 前野「では、今回の法案の必要性を・・・」 木俣「人が死なずに済むんですよ、この法案が通れば。」 前野の質問を見通したかのように、木俣は力強い声で返答した。 木俣「誰かが殺される代わりに、栄田君が生み出した人造物が壊されるのです。」 前野「どうして、そう言い切れるのですか?」 木俣「誰が誰を殺すのか、それは誰にもわからない。もしかしたら、自然災害の方が犠牲者の規模を予測できるかもしれない。それくらい、人間の行動は予測不可能なのですよ。」 前野「それは、今までの制度では不備があると言うことですか?」 木俣「前野さんがおっしゃっている、制度というのは、あくまで殺人罪という名の見せしめでしょ。所詮、事後の罰則というのは、抑止力にはならないんですよ、事に殺人等の重罪であればある程ね、何故なら、加害者もまた、自ら身を滅ぼす覚悟で罪を犯すからです。」 前野「それを言ったら、全ての法律が・・・」 木俣「殺人は、駐車違反や窃盗とは訳が違う。永久に取り戻すことが出来ない行為をしてしまうのです。被害者と加害者、両方の立場から見ても。」 前野は口を閉じ、僅かに俯いた。 それを見た木俣は、優勢を確信しながら口を開いた。
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