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斉木「お前のうちは、まだ来てないのか?」
奥谷「ああ、まだ、先みたいだ。」
会社の同僚の二人が、新しく決まった法律について話している。
新しいといっても、可決されたのは一年も前の話だ。
斉木「何でも、家庭持ちの世帯は原則来ないらしいけどな。」
奥谷「だったら、俺のところに来てもおかしくないのになあ。」
俺の勤める、『中部物産』のオフィス内、時間は17時を回っている。
今日は珍しく、俺は退勤時間に会社に戻ることが出来た。
普段、朝から外回りに出ては、誰もいない会社に戻る日々を過ごしていただけに、今の時間の社内を見ることが新鮮だ。
事に、退勤間際の社内は、朝とは違い穏やかな空気が流れている。
背伸びをする者、身支度をする者、皆、個々の時間に分かれ、この会社を去っていく。
斉木と奥野の会話は、その一片を覗いているように感じる。
斉木「一応、調査してるらしいよ、社会の、どのポジションの人間が急激なストレスを感じているのか、そこから派遣されるらしい。」
斉木はパソコンをいじりながら奥野の会話を続けている。
恐らく、ネットニュースからこの話が始まったのだろう。
奥野「早く来ないかなあ、派遣体。」
斉木「何だよ、この制度に期待してるのか?」
奥野「期待というか・・・人を殺すって、どんな感覚なんだろうと、考えたことないか?」
斉木「さあ、そこまで人を憎んだことないからな・・・」
奥野「憎むとかじゃなくてさ、興味だよ、普通だったら、絶対に経験しないことだ。」
斉木「俺は、出来ればしたくないな、そんなこと。」
奥野「俺は、興味あるな、自分の力で、人間と同じ形をした『物』が、壊されて消えてなくなるのって、どんな気分だろう・・・・」
奥野は目の前の一点を呆然と見つめ、両手で握り拳を作った。
斉木「なんか・・・・怖いよ、お前。」
斉木の表情は徐々に引きつっていく。
斉木の顔を見て、奥野は笑顔を見せた。
奥野「だって、そういう法律だろ。殺しても罪にはならない、そういう『物』を国が作ったんだ。批判されるのはおかしいだろ。」
斉木は一瞬顔をしかめて、視線を逸らしてしまった。
斉木「おい、尾田。」
呼ばれた。
俺は、聞く耳は立ててはいたが、出来るだけ関わらないように顔を伏せていたのに・・・・
尾田と呼ばれた瞬間、俺は首筋が引きつるくらい緊張が走った。
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