第1章

8/34
前へ
/34ページ
次へ
全ての始まりは、半年前に遡る。 俺はニュースで、ある記者会見を見た。 壇上に立っていた男を覚えている。名前は栄田敏明(さかえだ としあき)と言っていた。 半年前の話を鮮明に覚えているのは、それほど、あの法律が決まったのが衝撃的だったからだ。 衝撃の意味は、「斬新」ではなく「恐怖」。 記者会見場はとても煌びやかとは言えず、黒い背景に白いテーブル。 会見は、終始淡々と進んでいた。 「それでは、今から各社様からの質問を受けたいと思います。」 「清長新聞です。今回の『殺人擬似体験法』の発案に至るまでの、研究成果を報告していただけますでしょうか。」 壇上には長テーブルと椅子が設けられ、研究チームの栄田、代議士の木俣、弁護士の内藤が席に着いていた。 栄田「ご説明いたします。まず、この研究のきっかけとなったのが、私の横に居ります木俣先生からの打診でありました。」 「どのような打診でしょうか。」 栄田「近年における、殺傷事件の加害者の心理研究です。」 「何故、そのような研究を?」 栄田「過去、十年に遡る殺傷事件のほとんどが、被害者との因果関係が皆無という事実があります。」 「どういうことでしょうか?」 栄田「つまり、ほとんどの加害者の動機が、『殺人』という行為、そのものにあるということです。」 「それで、その『殺人』という行為に至るまでの心理研究ということですか。」 栄田「もし、加害者の殺意が、『他』に向けることが出来たとしたら、犠牲者も出ることも、加害者が罪を犯すこともなかったはずです。」 「その、『他』というのは、どういったことでしょうか?」 栄田「殺人の、疑似体験です。」 今まで、伏せていた記者達の顔が、一斉に栄田に向けられた。 「疑似体験?」   栄田「殺人、という行為は、一種の破壊行為です。人間の精神負担、つまりストレスの発散方法として、物を破壊するという行為があります。」 「破壊、ですか。」 栄田「人間は、完全な物を破壊することによって、極度に溜まったストレスを開放することが出来ます。事に、自身と同等の存在である、人間を破壊するという行為、これは究極の発散法ということです。」 「その発散法を研究した結果が、殺人の疑似体験であると・・・・・」 栄田「そういうことです。」 記者団の中から、細い腕が一つ上がった。 栄田「どうぞ。」
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加