第1章

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栄田の言葉を受けて、ベージュのスーツを着た女性が立ち上がった。 前野「日翔新聞の前野です。栄田先生の申し上げている、殺人の疑似体験という行為は具体的に、どういった事でしょうか。」 栄田「限りなく、人間に近い存在を作り、それを破壊するという事です。」 前野「すみません、もう少し、具体的にお願いします。」 栄田は、一瞬口を閉じ、呼吸を整えて声を発した。 栄田「人間の容姿をした、人造物を供給し、それを人間が破壊をするという事です。」 会場が一斉にどよめき始めた。 「人造物、ですか?」 「すみません、それは生物ということでしょうか?」 「人間の容姿とは、どういう部分ですか?」 記者団からは、次々と栄田に対して質問が投げかけてくる。 人間の容姿をした人造物・・・栄田から発したこの言葉が、会場の空気を一変させる。 この状況に、弁護士の内藤が焦るようにマイクを手に持った。 内藤「すみません、質問は挙手の後にお願いします。」 一瞬の沈黙の後、数名の記者が即座に挙手をした。 内藤「引き続き、日翔新聞さん。」 前野「先ほど、栄田先生から『人の容姿をした人造物』という発言がありましたが、それはどういう物体でしょうか。」 栄田「人造物とは、人間の遺伝子を基盤として培養した人工生物です。」 前野「それは、人間ではないのですか?」 栄田「正確に言うと、違います。外見や身体的特徴は、人間と類似する部分がありますが、決定的な相違点は、成長速度、栄養の不摂取、感情の皆無、この三点が挙げられます。」 前野「すみません、それぞれ具体的に説明を。」 栄田「まず、成長速度、これは人造物が培養を始めてから、約一週間で成人と同等の体格まで進化します。」 前野「つ、つまり、発育が始まってから、僅か一週間で成人になるということですか?」 「い、一週間!」 「そんなに早く・・・・」 栄田「次に栄養の不摂取、人造物は食物を摂取しません。唯一、体内の劣化を延伸するために水分だけは摂取するようになっています。」 前野「それは何故です?」 栄田「人造物は、すぐに人間の手によって破壊されます。栄養を摂取する必要はないので。」 記者席にいる全員が、狐に包まれたように呆然と栄田を見ている。 それほど、栄田の口から次々と出てくる言葉が、記者達にとって、世の中にとって信じがたいものであるということだ。
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