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ここ二、三日で急に心地よくなった春の風を正面から受け、自転車で隅田川沿いの通りに入る。
川沿いとは言っても、ほとんど川面は見えない。最も水際に近いのはマラソンランナーや散歩の人たちが行き交う遊歩道。
でも風向きによっては車道のあるこちらまで川の匂いが運ばれてくる。
生々しく臭いと言う人もいるが、海が近いことをほのかに感じさせるこの匂いが、私は好きだ。
鼻からすうっと吸い込んで、ペダルを漕ぐ脚に力を入れた。
「美宙さん、おはようございます」
事務所の自席に着きミルク多めのコーヒーに口をつけたところで声を掛けられ、顔を上げた。
「ほのかちゃん、おはよー」
吉崎ほのかは私の一年後輩。正確には中途で入った私の後一年遅れで新卒で入ってきたので、私と彼女は二、三歳年齢差がある。
可愛いんだけど、もうちょいオシャレしてもいいんじゃないかなってくらいいつも真面目で地味なスーツ姿だ。
うちは仮にもデザイン設計事務所なんだし。
その後輩が私の指先をしげしげと眺める。
「美宙さん、今日もすっごくおしゃれですね!
その爪とかすごく凝ってて…サロンとか行ってるんですか?」
「まっさか…そんな余裕ないよ、こんな安月給じゃ。
これは家でやっただけ…自分で」
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