石を積むということ

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「じゃね、気をつけて」  光一郎の勤務する病院の前でタクシーが停車した。光一郎が降りながら「何もお前が後にしなくても」とうそぶく。 「いいんだよ、光ちゃんの方が近かったから。俺はもう少しあっちなんだ」  先を指差してなるべく光一郎に悟られないように明るく勤めた。 「それに代金半分もってくれただけで感謝だわー、今月ピンチだったから本当助かった! ありがとねっ」  呆れように光一郎は一息ついて、微かに唇の端を吊り上げる。  そんな何でもない仕草にも胸がぎゅって軋む。 「呆れた奴だ」 「へへっ、じゃあ、菊池先輩が言ってたこと忘れんなよ」  高峰の軽口にも眉一つ動かさずに手を上げる。先ほどまで険しい顔をしていたのが嘘みたいに昔から変わらない仕草で手を振ってから背中を向けた。 「・・・・」  タクシーのドアが閉まっても高峰はその大きな背中を目で追い続けた。雑踏の中に消えてゆく周りより頭一個分大きな背中。高峰よりも15センチも高い長身から打たれるスリーポイントシュートが光一郎の武器だった。 「・・お客さん、行き先は?」  いつまでも目的地を示さない高峰に運転手のおじさんが声をかけた。 「あ、すいません。渋谷区二丁目までお願いします」 「え、それじゃあ戻ることになりますよ?」  実を言うと高峰の直行先は過ぎていたのだが、光一郎には悟られずに済んだことで安堵の息を漏らす。
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