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目を開くと、すでに高峰の姿は消えていた。
いつもの天井、いつものシーツの感触、鳴り響くアラーム音。
「・・・・たか・・・」
名前を呼んでみたことろで、奴が現れるはずもなかった。分かってはいたけど、その名前を掠れた声で呼んでみたかった。確かめるために。
「高峰・・・」
空しく響くアラーム音にかき消されしまう程に小さな声。暫く目を閉じて、深いため息をつく。そして勢いよく上体を起こす。
ベッドの脇にあるラックへ手を伸ばして眼鏡をかけた。持ち主が触れないスマホはけたたましくアラーム音を撒き散らしている。そいつを止めるついでに時刻もチェックすると、五時五十分。いつもより十分遅い起床となってしまったようだ。
それもこれも奴のせいだ。
忌々しげに眉を寄せると光一郎は出勤の準備のためベッドから脚を下ろした。
テレビをつけてから洗面所で歯磨きをする。必要最低限の物しかない洗面所の前、鏡に映った己の姿を見る。今日は寝癖が特にひどい。仕方なくシャワーを浴びてからマンションを出るはめになる。
昨夜からかけて置いたスーツに腕を通しながら、テレビを聞き流す。
テレビで交通情報のチェックは欠かさない。一通り電車の運行情報を聞いてからマンションを出てきたはずなのに。
最寄駅のホームは人ごった返していた。
「な、なに・・っ」
光一郎は予想もしていなかった混雑するホームを見渡す。
「事故だってー」
「えー、学校遅れちゃうね」
「しょうがないよー、一駅歩く?」
すれ違い様に学生の声が耳に届く。すぐさま状況を察した光一郎も引き返してタクシー乗り場へ急いだ。
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