ゆめのなかで

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 すでにタクシー乗り場には列が出来ており、慌てて列に並ぶ。スマホをスーツのポケットから取り出して病院へ連絡だけはしておいた。  研修医として今の病院へ勤務することになって以来、一度も遅刻などしたことはない。光一郎は社会人として、それが当たり前だとこなしてきたが、都内はすぐに電車が止まる。交通の便が悪いのが不満であった。  内心苛々しながら列の前方を確かめると、一人の後姿に視線が吸い寄せられた。  周囲の人より少しだけ背が高く、黒い直毛の髪の毛、スーツの背中は綺麗に真っ直ぐで、ゆっくりした動作をする人物はスマホを片手に光一郎と同じようにタクシーの順番待ちをしていた。  光一郎は後方から暫く眺めていたが、忌々しげに眉を寄せると地面へと視線を落とす。  たとえ奴であろうと、声をかけるつもりは毛頭ない。  自分からはけして。  しかし奴も同じ駅を使うなんて、有り得ない。住んでる場所は違うはずで、この駅は使うことはないだろうに。  光一郎は考えあぐねて、頭を巡る違和感を払拭するためにもう一度チラッと前方の列に視線を移す。  顔を上げた瞬間、その人物はなぜか後ろを振り向いて、バチっと視線がかち合う。  一瞬、互いに驚いたように目を瞬かせ、次に奴はふんわり笑う。  スローモーションにさえ見えた奴の笑顔。そうこの顔は夢に出てきた時とまったく変わらない。あの頃からまったく、時間が止まっているかのように。  光一郎を見つけると、どんなに遠くからでも、こうやって視線で笑みを送ってきた。それはとても自然なことだったし、光一郎も何の不思議もなく無表情ながらも受け止めてた。
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