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新大阪駅…
それは関西における鉄道の玄関口ともいえる巨大駅である。
新JRには幹線はもちろん、遠距離列車に在来線、さらには、大阪地下鉄の大動脈ともいえる御堂筋線がある。
また、伊丹空港や関西空港へのシャトルバスも発着している。
そして、その駅のタクシー乗り場には、今日も大勢の人々がやって来る。
週末金曜日の午後六時過ぎ…
あらゆる交通機関が、最も稼働している時間帯である。
稲森彩菜(二十五歳)は大阪市内に勤める平凡なOLで、彼女は疲れたようにタクシーに乗り込んだ。
タクシーは“ウラミズタクシー(個人)”となっていた。
「どちらまで?」
運転手が聞いた。
運転手は小太りで髪の毛は薄く禿げ上がっており、黒縁の丸眼鏡をかけ、丸く愛嬌のある顔をしていた。
「千里中央…」
彩菜は無愛想な感じで言った。
車が走り出す。
新大阪から千里中央なら、タクシーにとっては一番オイシイ客である。
何故なら、新御堂筋という高架道路を走れば、信号無しの一本道で行くからだ。
運転手は内心で喜んでいた。
彩菜はしばらく無言で窓の外を見ていたが、その視線がなんとなく、社内に掲示されている乗務員証に移った。
運転手の名前は“浦水晴流”とあった。
苗字の浦水はわかるが、名前はなんて読むのだろう…
はれる…?
はれなが…?
「運転手さん、その名前、浦水…なんて読むんですか?」
と、彩菜は聞いた。
「ああ…これ、“せいりゅう”っていいますんやわ」
「へえ~、変わってますね」
「よう言われますわ」
と、運転手…浦水が陽気に答える。
彩菜はそこでもう一度、乗務員証に視線を向けた。
すると乗務員の名前の上に、うっすらと、
“うらみはれる”
という赤文字で筆で書かれたようなルビが浮かび上がってくるのが見えた。
「えっ!」
彩菜は慌てて眼を擦り、もう一度見直す。
やはり、赤文字のルビが見える。
「あの…運転手さん…その名前の上に、赤い字で“うらみはれる”って見えるんですけど…なんか仕掛けでもあるんですか?」
と、彩菜はおそるおそる尋ねた。
「お客さん、見えるんですか?」
「はい…」
「お客さん…」
と、浦水の声のトーンがやや低くなった。
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