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「失礼ですが、お客さんには、殺したいほど憎んでいる人がいるんとちゃいます?」
彩菜はドキッとした。
なんでわかるのだろうか…
しかし、彩菜は素っ気なく、
「いませんよ、そんな人…」
と、言った。
「隠してもダメですよ。私にはわかる」
「なんでわかるんですか? 私、運転手さんとは初対面なんですけど」
「私もお客さんとは、初対面でっせ。けど、わかる」
「なんでなんですか!」
彩菜の声が少しばかりヒステリックになった。
浦水は乗務員証を指差し、
「こいつの赤文字はね、この世に殺したいほど憎んでいる相手がいる人間にしか見えないんですわ」
と、言った。
「ウソ!」
彩菜は驚いた。
「こんなウソついてもしゃあないでしょ」
と、浦水は笑った。
「じゃあ私が誰を恨んでいるかも、わかるんですか?」
「そこまではわかりまへんわ。私がわかるのは、お客さんの恨んでいるっちゅう意思だけですわ」
彩菜は少し拍子抜けすると、
「それで…その文字が見えたら、どうなるんですか? 相手の名前とか言ったら、運転手さんが、恨み晴らしてくれるんですか?」
そう質問した。
「そんなわけないですやろ。私は単なるタクシー運転手なんですさかい、そんなテレビとかみたいなこと、できるわけありませんよ」
と、浦水は笑って彩菜の言葉を否定すると、
「だいたいね、恨みを晴らすっちゅうのが、相手を痛めつけたり殺したりするってことなら、そら、犯罪ですやん。こんなこと言うたら失礼ですけど、なんで私が初対面のお客さんのために、犯罪者にならなあきませんの?」
そう続けた。
もっともな話だが、こう直接的に言われると、身も蓋もない。
「じゃあ…これは見えるだけで、なんもないんですか?」
「いいえ…」
浦水は彩菜の言葉を否定すると、それっきり黙ったまま、口を開かなかった。
やがて彩菜の住む千里中央のマンションに到着した。
浦水は運賃を請求した後、
「お客さん、降りられる前にもう一度、この乗務員証を見てくれませんか」
と、言った。
「赤い文字が見えたままでしてら、口に出さずに、恨んでいる相手の名を眼を閉じて念じてください」
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