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そう言われた彩菜は、赤い文字が見えたままなのを確認すると、言われたように眼を閉じて、相手の名を念じた。
眼を開くと、浦水が名刺を差し出していた。
「もし、今日から一週間以内に、お客さんの願いが叶っていたら、この名刺をご覧ください。念じ代として、集金に伺わせていただきますんで」
彩菜は名刺を受け取り、
「念じ代…?」
と、聞いた。
「はい。願いが叶わなかったり、願いが叶うのに、一週間以上経過していたら、名刺を見る必要はありません」
「あの…名刺を見るだけですか?」
「はい」
浦水は微笑んでドアを開けると、彩菜を降ろして走り去るのだった。
この時、彩菜は見た。
新大阪から乗った時、車体には確かに“ウラミズタクシー”とあった
が、降りた時には“ウラミタクシー”となっていたのだ。
彩菜は背筋をゾッとさせながらも、自宅に戻るのだった。
週が明けて月曜日、会社に出勤した彩菜は同僚から、上司である佐伯信二郎課長(四十二歳)が、昨夜、自宅の風呂場にて、心臓麻痺で急死したというのだ。
彩菜は驚いて呆然となった。
本当に死んだ…
佐伯は家庭がありながらも、以前から彩菜に言い寄っていたが、彩菜自身は佐伯が生理的に嫌いだった。
しかし、一ヶ月前に会社の飲み会で佐伯に酔わされた上、ホテルに連れ込まれて襲われた彩菜は、その様をスマホの自撮りで撮影され、強引に関係を継続させられたのである。
その佐伯が死んだ。
彩菜はホッとした。
これで解放される…
その時、彩菜は思い出した。
あのタクシー…
彩菜は慌てて手洗いの個室に入ると、名刺を取り出して見た。
浦水晴流…
彼は恨みが晴れたら、名刺を見ろと言っていた。
名刺を見るだけでいいと言っていたので、彩菜は改めて名刺をじっくりと見た。
名刺には名前とタクシー名があるだけで、電話番号が無い。
裏面も見るが、何も書いていない。
どういうことなのだろうかと、名刺を手に考えていると、その名刺の裏に、赤い筆文字が浮かび上がってきた。
筆文字で書かれていたのは、
“念じ代、金壱万円を請求いたします”
である。
しかし…
彩菜は考える。
浦水は彩菜の連絡先を知らなければ、恨んでいた相手の名前も知らないのに、どうやって集金に来るというのだろう。
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