サキミタマ① ~十五日から十六日~

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 雨の多い梅雨の季節、寒くても平気なようにカーディガンを羽織って、レイン・ブーツ姿で歩く彼女は水も滴るいい女だ。  僕はそんな彼女の後ろについて、同じ歩幅で大学まで向かう。そんな日々が続いていた。  別に彼女に声をかけようだとか考えたことはない。  なにせ、同じバスで一緒というだけだし、大学内に入ればまったく接点はないのだから。  そんな日々に急な展開がやってきたのが忘れもしない六月の十五日、土曜だった。  その日も雨で、僕は好きだった小説が本として販売されることを知り、本屋へと向かうため、バスに乗って駅までやってきていた。  駅前までくると、それなりに店があり、本屋、カラオケ、パチンコ、レストランに美容院と繁華街は賑わっている。  目的の書籍を無事に購入できた僕はふと、繁華街の狭い通路の奥から聞こえた声に引かれるように視線を寄越した。  なんとそこに、あのバスで一緒になる彼女を見付けたのだ。  彼女は雨の中、びしょ濡れで綺麗な髪が頬に張り付いている。  そんな彼女に見とれるなんて余裕はなかった。彼女は鬼気迫る表情の男に腕をつかまれ、逃げ場を探すように狼狽えていたのだから。  僕は一瞬だけ動きを止めた。まるで石像みたいに、固まった。     
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