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「ま、待ってください。見ていたことは謝ります。もうしません。ば、バスももう、使いません! で、でもこれだけは言わせてくださいッ」
私は彼が赤い顔をして叫ぶようにいう姿を見ようともせず、もうベンチから腰を浮かして歩き出していた。
私が逃げ出すように去る背中に、彼の言葉が確かに伝えようとする意思だけが、響いた――。
「あなたが、お年寄りに席を譲る姿を見てました! そんなあなたを、嫌いにならないでください! あなたは――!」
最後までは聞こえなかった。
彼の言葉は、耳ではなく、身体の中に染み込むように聞こえてきていたから――。
「あなたの優しさは、きちんと見ている人がいると、分かってくださいっ――」
その日、六月の梅雨空は久しぶりの晴れ間が見えた――。
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