サキミタマ④ ~二十日、二十一日~

1/11
前へ
/241ページ
次へ

サキミタマ④ ~二十日、二十一日~

「……お前彼氏とかいんの?」  風呂上がりに、僕は妹に声をかけてみた。  それは僕には意味のある言葉だった――。  好きな女性に、初めてきちんと話ができた。そしてその日に、彼女とは二度と会う事はないのだろうと、恋心は叩き潰された。  僕が好きな女性は、視線に怯えて過ごしていたらしい。それが僕の熱いまなざしを受けての物だと知り、僕はもう彼女に辛い思いをさせたくないと考えた。  だから、犯人は僕だった。悪気はなかったし、今後は一切に傍に近づかないようにすると弁明した。  彼女はその言葉を理解してくれたのかは分からないが、一度だって僕を見ずに、逃げるようにその場から立ち去った。  ――終わった。  僕は完全にその恋を崩壊させたと思っていた。でも、きちんと伝えたかったのだ。視線を怖がる自分を酷く卑下していた彼女に、きちんとあなたの美しさを見ている人がいるのだという事を。  ……そうじゃなければ、僕はなんなんだろうと考えてしまうから。  僕は生まれてこの方、誰かの視線を感じた事なんて一度もない。物語の主役にはなれず、世界にたくさんいる人間Aでしかない。いや、AどころかJとかMとかもっと、半端なところの人間だ。     
/241ページ

最初のコメントを投稿しよう!

24人が本棚に入れています
本棚に追加