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「これは俺が昔教えてもらったレシピだよ。懐かしいなぁ。この人に日本の料理の基本を教わったんだ」
微笑みながらニコラがパラパラとレシピの束をめくる。
「今から何年前だろう。俺が22の時だから…もう10年以上前かな?当時いろんな国の料理を勉強したくて、街中で他国の人かな?って人に声かけてさ、料理教えてもらってたんだよね。このレシピもそんな時のだね。日本人の女の人だったな。柔らかい雰囲気のさ、綺麗な人だったな」
懐かしむように目を細めて語るニコラ。その時の景色を思い出しているんだろうか。どこか遠くを見ているように見える。
「毎週一回、街中のカフェで会ってね。レシピを教えてもらうんだけど毎回1枚だけレシピを書いた紙をくれるの。あ、これね」
ニコラが手にもったレシピを示すように揺らす。
「前回もらったレシピの料理を俺が作って持っていって、新しいレシピと交換。俺が作った料理にもちゃんと感想くれたりして。いい先生だったなぁ」
ふぅん、と相づちを打つ。このレシピを教えてもらったことは、ニコラにとってとてもいい思い出なのだろう。優しい表情で語るニコラに、俺も自然とほっこりした気持ちになった。
「確か画家さんだったな。同じように絵を描いてる旦那さんと、10代の子供がいるって言ってたっけ。日本からこっちに移ってきたばっかりなんだーって。『もう私に教えられることはなくなっちゃった』って言われて1年もしない内にレッスンは終わっちゃったんだけどね。それから会えてないなぁ。今どこにいるんだろう」
ちょっと待て。夫婦二人とも画家で10代の子供がいて日本人で?イタリアに引っ越してきた?
「ニコラそれ何年前だって言った?」
急に声色が変わっただろう俺の様子にニコラが首を傾げる。
「うーんと、12年前?くらいだと思うけど」
12年前。俺はその時15、6歳…ちょうどイタリアに移ってきた歳だ。
時期がぴったり一致する。俺と、俺の両親がイタリアに来た年と。それに夫婦揃って画家という条件もぴったりだ。
「ニコラ、その人の名前とか知らない?」
そう聞いた俺の声は震えていなかっただろうか。
「ユウコさんだよ」
ユウコ、その名前を聞いて俺の中で全てが繋がった。
「ニコラ、それ俺の母さんだ」
そう告げるとニコラの目が真ん丸になった。
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