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……「嫌いではない」って言い回しを、思いつけなかった。
「好きだよ」って言われた人は、凄く喜ぶ事を知りすぎていたから。
「俺は好きだよ、君のこと」
僕は、確かにそう言った。
でもその意味は、言葉の通りの意味ではない。
僕はただ、「嫌いではない」って伝えたかっただけなんだ。
「それなら、私と付き合ってみる?」
ムカつく顔であの子は言った。
つい今まで泣いていたくせに、何様のつもりなんだろうと思う。
どうやらあの子の脳内では、「好き」になった方が負けらしい。
そういう歪んだ思考に、ならざるを得なかったのだろう。
だって今まさに、あの子は「好き」になった男にフラれて、
「私はもう死ぬしかないの!」と泣き叫んでいたのだから。
僕はあの子の事をよく知らない。
僕と同じ学校のクラスメイトって事くらい。
あと二つ知っている事があった。
最近、あの子が有名人の誰かと付き合っているって、自慢していた事。
そして今、屋上から飛び降り自殺をしようとしている事。
「……俺なんかより、君に似合ういい男はいるよ」
僕は清楚な女性がタイプだ。
女の子と会話する事なんてほとんどないけど、これだけはわかる。
こんなミーハーな女と、三日だって連れ添えるわけがない。
要するに、あの子は僕より格下。
レベルが釣り合わないから、僕には似合わない。
「女の子が頼んでるのに、その態度って無くない?」
あの子の目は完全に僕を見下している。
僕がヨイショするから、どんどんつけあがってくる。
僕はヨイショしかしていないのに、どう態度が悪いっていうんだ?
ていうか、いつ頼んだって?
頼まれたって願い下げ。
言ってもない事を言った事にする精神、大嫌いだ。
でも、屋上の端っこで片足をぶらぶらさせているあの子には、
厳しい一言は言えやしない。
「君がもう一歩後ろに下がらないのであれば、そういう事でも構わない」
これが僕にできる精一杯の良心だった。
イエスとは言っていない。
都合良く誤解して、早くこっちに来てくれ。
「じぁ、交渉成立ね。君、女子に人気あるんだよ。皆に自慢しちゃおっと!」
ニッコリしながらあの子はこちらに歩み寄る。
……僕の青春はどうしてくれるんだ?
死ぬくらいなら生きて欲しいと思って、あの子の為に僕は嘘を吐いた。
でもそのせいで、今度は僕が生きながらも、死んだも同然になってしまった。
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