第二話【海沿いの町】~夏野湊介~

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 相っ変わらず時間かかるよなぁ……。  五月の下旬――。湊介は二時間弱電車に揺られ、下田駅から雲見行きのバスに乗り込んだ。頬杖をつき、やがてゆっくりと動き出した窓の外の景色をぼーっと眺めながら、幼い頃の記憶をそこに重ね合わせていく。  全っ然変わってねえ……。  まさか自分はタイムスリップでもしているのだろうか、と本気で疑ってしまいたくなるほど、今、目に映るそれは何一つとして変わっていなかった。くねくねと曲がる山道も、やっと見えて来た海岸も、海沿いに広がる小さな町も。何もかもが泣けてくるほど懐かしい。だが、同時に悟る。ここへ戻って来ても恐らく湊介の望む働き口はない。それは町を見れば一目瞭然だった。  二週間前、湊介は部屋の解約手続きを済ませ、不要な家具や荷物を売り払い、それら全てを金銭に換えた後、仕事を辞めた。法律上、退職を希望して実際に辞めるまで二週間、というのはギリギリのタイミングだったのだが、一切引き止められることはなかった。それはまるで、バイトを辞める学生のようにスムーズで、思わず笑いがこみ上げてきたほどだ。  そして今日この日、大きなリュックに入るだけの荷物を詰め込んで、自分が生まれた懐かしい海沿いの町へと向かっている。湊介は帰って来たのだ。
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