第一章

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私が一般企業にこだわっていた理由って、なんだっただろう。大卒だから?出世したいから?親への恩返し? ーーいや、違う。 ほんとうはわかっていた。捨てきれなかったのは、プライドや体裁だった。みんなと同じように就職して、話題についていきたかった。ただそれだけだったのだ。 目を開かれたような気持ちだった。単純だけれど、見る方向を変えれば、まだ道はあったんだ、と思った。 それでも、すぐに頭を切り替えるなんて無理だったけれど。 「……考えてみるよ」 「ほんと?うんうん、いい心がけだね!」 と嬉しそうに言う里奈から、私は求人情報誌を受け取った。 『桜庭歯科クリニック』 場所は名古屋の国際センター駅からほど近く。家から自転車で行ける距離だった。 商店街のある大通りに、控えめにではあるが看板が出ていたのでわかりやすかった。通りの喧騒から離れ、小道を入っていくと、ぽつんと白い壁の一階建ての歯医者が現れる。  面接で訊かれたことは、志望理由でも特技でもなく、タバコを吸わないか、掃除は好きか、長く続けられるか、それだけだった。その判断基準はよくわからなかっが、少なくとも大学4年間で学んだことをほとんど活かせないことは確かだった。 資格不要、未経験可。事前の知識も特別な技術もいらない。それはつまり、誰でもいいということだ。その3つのルールさえ最低限守れさえすれば、私じゃなくても、誰でもよかったのだ。
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