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理絵はスッと顔をあげた。
その瞳には悲しみが浮かんでいたが、泣いてはいなかった。
「そう。あなた、ずっと子供を欲しがっていたものね……。『子供は授かり物だから』『すごく欲しいわけじゃないよ』って、あなたいつも言ってたけれど、そんなの嘘だって、わかってた。わたしのためだと思って言ってたんでしょう?」
「……」
妻にはすべて見透かされていた。
雄貴は何と言えばいいのかわからなくなり、俯いた。
その間、公香は雄貴とのことを、ベラベラと理絵に話し続けた。少し興奮しているようだった。
理絵の顔からは、いつの間にか悲しみは消え去っていたが、ふたりは気づかなかった。
離婚して欲しい、と告げると、理絵はあっさりと頷いた。
夫の浮気に気づいたときに覚悟を決めていたのか、すでに愛想が尽きていたのかもしれない。
雄貴は拍子抜けした。
しかし、理絵は静かに「条件があります」と言った。
金銭の話かと思ったがそうではなかった。
「わたしと別れたら、必ず彼女と結婚してください」
「え?」
「だって、そうでなければわたし納得できないもの。彼女と一緒になりたいから、わたしと離婚したいって言ったんでしょう? だから、必ず彼女と結婚してください。そうしてくれるなら別れてもいいわ」
おかしな話だとは思ったが、渡りに船だと、これを承諾した。
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