【霊術真理・壱】三月/入学式と出会い

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 まだ冷たい風の虚しさと、何故こんなところで迷ってしまったのかという事実が、何もない自身をさらに誇張させてか、泣くとは言わずともつい黙り込んでしまう―――涙すら、出てこない。  親から祝だと受け取った時計に目をやれば、時間は八時手前。あと三十分もすれば入学式に参加する新入生の収集が始まる。  何しろ、土御門学園の敷地量は気が遠くなるほどに広い。それだけ必要な施設がいくつもあのだと考えれば頷きもするがしかし、説明会で案内された場所といえば、主要で使われる場所のみ。  そして、今彼の在る場所は、説明の受けていない完全未知の場所。  無論、道など知っているわけがなかった。  ―――むしろ、何故学校の敷地内に森があるのか、というところから彼の疑問は始まる。  紅がこの学園に来たのは三日ほど前のこと。  土御門は全寮制で、長期休み以外は異例を除いては基本的に帰宅ができない。かといって入学式一日前に行っても環境に馴染めないだろうから少し早めに、と手続きをとって、紅はその門下を潜った。  しかし、三月といえば春休み真っ盛りの学校が多く、土御門もそれは変わらない。  よく考えれば、入学式だって生徒は最低限の数しか必要としない。それ以外の生徒は帰省なり、既にある友人の輪に溶け込んで遊んでいるだろうから、転校生に構う必要だってない。  故に、この莫大な土地を、あくまで地図通りにふらついた程度しかない紅には、道を案内を求められるほどの友人もいなかった。  かの名門の土御門からの推薦が来たと喜んだ紅の父親は、それこそ息子の祝事を全力で祝った後に、晴れやかに送り出されたというのに、この体たらく。  だが、それ以上に、気になったことがあったから、紅は今ここにいる。  首を巡らせてあたりを見渡せば、陽の光を反射させて煌めく木の葉が地面を照らし、影をうむ。よくよく見れば、遠目にではあるが、紅は探していたものを、視界に認めた。  「いた……」  それは、用意された自室を出る少し前のこと。まだ皺一つない制服の袖に腕を通し、さてもう少しまで時間を潰そうかという時、ふと窓の外に見えた、巨大な影。これが気になって、紅は反射的に外に飛び出してしまったのだから。  それは今、紅から少し離れたところで、ゆったりと、しかし力強さを隠すことなく森の中を闊歩している。
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